哲学&建築をめぐる旅 2

哲学&建築をめぐる旅 2

日本を代表する哲学者・西田幾多郎の生まれ故郷・石川県かほく市に、世界でたった一つ「哲学」という名前をもつ博物館があります。金沢市内からのと里山海道へ向かうように車を走らせると、海のそばの高台にそびえる姿が見えて来ます。高架を降りて丘へ向かって進むと、建物から少し離れた場所に駐車場が設けられています。「建物のすぐそばで車を停められたらいいのに」と思いますが、実はこの駐車場から建物へ至る道程にも意味があるのです。

西田幾多郎記念哲学館
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写真:丘陵の形をいかして作られた「西田幾多郎記念哲学館」。建物の前には階段庭園が設けられている。

京都観光の名所の一つ「哲学の道」が、京都大学の教授であった幾多郎が思索にふけりながら散策したことに由来することをご存知の方も多いでしょう。幾多郎は「考える」ことを、とても大切にしていたそうです。駐車場から建物までの道は「思索の道」と名付けられ、直線ではなく、あえてZ型に折れたルートに設計されています。そこには、見えているけれど簡単に目的地へは到達できない、幾多郎の思想や生き方が反映されています。道のまわりはアカシアの原生林をいかしながら、梅・桜・萩・ツツジ・エンジュなどが植えられ「哲学の杜」と呼ばれています。

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写真:駐車場と階段庭園をつなぐ「思索の道」。沿道に桜が植えられ、京都の哲学の道を彷彿とさせる。

建物とそこに至るまでの道筋も含めて、設計を手がけたのは日本を代表する建築家・安藤忠雄。丘陵の地形をいかして周囲の自然と調和させた造り、そして特徴的なコンクリートとガラスの構造。住宅、美術館、教会やホテルなど、多くの安藤建築に共通する特徴がここでも感じられますが、この建物のテーマは「考えること」と設計者自らが語るように、来館者が「迷いながら、自ら考え、前に進む」という体験をするように、複雑な迷路のように設計されています。


気軽に利用できるセミナーホール・研修棟

建物はミュージアム・展示棟と、コミュニティスペースであるセミナーホール・研修棟で構成されています。約300席ある哲学ホール、研修室、喫茶室のほか、観覧料不要で利用できる展望ラウンジ、ホワイエ、図書室などもあります。

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写真1:建物の最上階・5階には、絶景が広がる展望ラウンジ。
写真2:展望ラウンジからは、幾多郎の生家があった辺りも見える。
写真3:2017年4月から始まった通年のライトアップは、春夏秋冬でテーマカラーが変わる。

展望ラウンジからは西田幾多郎が生まれ育った町はもちろん、日本海、白山連峰、河北潟まで一望でき、21:00まで開館しているので夕日や夜景の鑑賞スポットとしても人気があります。また、日没から21:30まで美しくライトアップされる建物の周りの「哲学の杜」も見所です。このライトアップの設計・監修は、東京スカイツリーのイルミネーションも手がけた照明デザイナー・戸恒浩人氏によるものです。喫茶室「テオリア」では、飲み物のテイクアウトもできるので、店内や屋外で夜景を眺めながら静かな時間を過ごすのもおすすめです。

研修棟の中心には、曲面のコンクリートの壁が地下1階から地上2階まで吹き抜けになった、すり鉢状の円形空間があります。地下の円形スペース「ホワイエ」は瞑想の空間と呼ばれ、見上げると円形の天窓に切り取られた空が見えます。ホワイエの側面は、陽の光が差し込むと宗教的ともいえる神秘的な表情を見せます。


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写真1:天窓から陽の光が差し込み、壁面に美しい影を落としている地下1階の空間。
写真2:すり鉢の内側空間「ホワイエ」では企画展、ミニコンサートやワークショップなども開催される。
写真3:円形空間の上にある丸い天窓。
写真4:すり鉢の形状がよくわかる地上1階の吹き抜け部分。
写真5:西田幾多郎に関する図書を中心に、哲学の入門書から専門書まで幅広く収集した図書室。曲面の壁にそって書棚もアールを描き、ちょっと使いにくそうなところも安藤建築らしい。

西田哲学にふれるミュージアム・展示棟

受付カウンターで観覧料を払い、展示棟の中へと進むと、長いコンクリートの廊下の途中に「哲学へのいざない」をテーマとした展示室1があります。ここでは、自分の頭で考えるきっかけとなる仕掛けが用意され、西田幾多郎を中心とした古今東西の思想家たちの言葉と出会うことができます。

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写真1:展示室1へ向かうコンクリート吹き抜けの廊下。
写真2:円・井戸・窓といった考え方を、バーチャル体験できる仕掛けがある。
写真3:井戸の中をのぞいてみると・・・。
写真4:タブレット端末を使って古今の哲学者たちの意見を聞ける、仮想の哲学会談ゲーム。「長時間引き込まれてしまう方や、リピーターも多いんですよ」と専門員の山名田さん。
写真5:展示室の吹き抜けに掲げられた西田幾多郎の言葉。随所に数種類の「ワードカード」も設置され、自由に持ち帰れる。

幾多郎は学術論文のほかにも、随筆や手紙などでも多くの言葉を残しました。2階の展示室2には、遺品、原稿、書簡など、200点以上におよぶ豊富な資料により、その人生と人となり、教育者・家庭人・哲学者としての姿が多角的に紹介されています。

幾多郎の家は、加賀藩時代に十村と呼ばれる大庄屋をつとめる豪農でしたが、火災で家を失ったり、父親が事業に失敗して破産するほか、姉弟や子供を早くに亡くすなど、その人生は波乱万丈、たくさんの苦難を味わったそうです。第四高等中学校(第四高等学校・金沢大学の前身)を経て、東京帝国大学の選科(聴講生的な立場)に学び、卒業後は故郷に戻って教師になります。第四高等学校の講師時代に禅の世界への関心が高まり、思索にもふけるようになったとか。京都大学で哲学を教え、多くの愛弟子や生涯の友と呼べる親友に囲まれていても、孤独と苦悩を抱え続け、それが哲学の道に深く入り込む原動力になっていたのではないかと感じられます。

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写真1:展示室2ではテーマごとに西田幾多郎を紹介。
写真2:四高で机を並べた西田幾多郎・鈴木大拙・藤岡作太郎・山本良吉は、生涯の友として互いを尊敬し合っていた。
写真3:自由に引き出しを開けて資料を見ることができる。

地下の展示室3では、西田幾多郎の書が展示されています。禅語や漢詩もあれば、自作の和歌を綴ったものもあります。さらに奥へ進むと、四方を直線の壁で囲まれた、地下から空に開かれた何もない空間が現れます。ここは「空(くう)の庭」と呼ばれる、空が四角く切り取られた思索空間です。青い空に雲が流れ、雨の日には雨が降り注ぐ。夕暮れ時は茜色に染まり、夜は星もまたたきます。複雑な哲学という迷宮をくぐり抜けてたどり着いた最終ステージは、どこか悟りの感覚にも似た清々しさが感じられます。石川県かほく市内日角 井1

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写真1:壁で囲まれ、空だけが見える「空の庭」。ここで瞑想・思索ふけるのもいい。
写真2:西田幾多郎の書を展示した展示室3は地階にある。
写真3:敷地内・館の右隣には西田幾多郎が京都大学教授時代に暮らしていた家の書斎を移築・復元した「骨清窟」もある。


<専門員・山名田沙智子さんのおすすめ>

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西田幾多郎の生涯の友を紹介するコーナーでは、1941年にコロムビア社で録音された西田幾多郎・鈴木大拙・山本良吉が鼎談(ていだん)するレコードの音声を聴くことができます。「加賀の三太郎」と呼ばれた西田幾多郎・鈴木大拙・藤岡作太郎と山本良吉は、四高の同級生で生涯の友、それぞれが哲学・教育・国文学の世界で活躍しました。1分20秒から3分程度の長さで、4つのテーマで語られています。十代からの親友同士、同郷の仲間が集まると会話は郷里の方言が丸出しで、お互いへの信頼や親しみもにじみ出ています。とても貴重な音声資料なので、ぜひ聴いてみてください。

スポット情報
西田幾多郎記念哲学館
石川県かほく市内日角 井1
TEL 076-283-6600
開館時間 9:00〜21:00(展示室17:30まで)
休館日 月曜(祝日の場合は直後の平日)
観覧料 一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料
アクセス 車:金沢駅から約30分/北陸自動車道・金沢東ICから約20分/のと里山海道・白尾ICから約3分
電車:金沢駅よりIRいしかわ鉄道経由・七尾線で約25分「宇野気駅」下車で徒歩20分
バス:金沢駅西口より内灘線・宇野気駅行きで約42分「内日角」下車で徒歩12分
駐車場 あり
http://www.nishidatetsugakukan.org

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